五反田テイクアウトの旅(2店舗追加現在11店舗)

ミート矢澤、信濃屋、岸商店と美味しいお肉には困らないけど魚が買えない五反田にsacana baccaがオープンすると知ってだいぶ浮かれています。楽しみすぎます。

さて、愛してやまないわが街、五反田のテイクアウトの情報をまとめました。
テイクアウトをして思うのは、
1.先に注文しておくと待たないで済む。
2.もともとケータリングやお土産をやっている店のクオリティは良い。
3.野菜はじめ料理ではなく食材を売っているお店にはまた行きたくなる。スーパーと違って密でもないし。
4.なんだかんだパスタソースを買うことが多いので「美味しい麺」の追求に迫られそう。
5.コロナが落ち着いても文化として残ってくれたら嬉しい。

ではいきます。

1.都々井寿司
愛してやまない立ち食い寿司屋さん。いつもの営業時間は17時~終電までだが、いまは15時~20時で営業中。電話で注文受付中。カードや電子マネーは多分使えない(使ったことないのとレジの周囲にそれっぽい端末などはない)安いので買ってもさっぱり貢献した気にならないのが切ない。にぎり900円から。翌日食べるよりは当日食べたほうが良い。寿司がファストフードであることを実感させてくれる店。なお、大将は熱烈なカープとサザンのファン。

tabelog.com


2.酒場それがし
日本酒のお店として人気の店。お店の外にテーブルを広げて和食総菜と鶏弁当、パスタソースやおつまみになるイタリアン総菜が並んでいる。とりあえずトリッパのトマト煮込みが大当たり。この記事を書くにあたって店のウェブサイトを見るとケータリングのサービスがあることを知り、納得。今日はサルシッチャにミニトマトいっぱい入れてパスタにした。お惣菜は400円、3種1000円程度。パスタソースは600~700円から(2人前)袋ごと湯煎するのはNG、袋から出して①鍋で温めるか、②器に出してレンジでチンしてねとのこと。五反田にはあと2店舗あり、1店舗は開けているようなのでそちらも見に行く予定。カードOK。

tabelog.com

 

3.トラットリアナカタ
何度覗いても営業していないかったので閉店してしまったのかと落ち込んでいたけど木曜~日曜と曜日を絞って営業中だった。心からほっとしている。幸せな気分になるお店なのでこの禍が落ち着いたらぜひ。テイクアウトは2900円のセット(1人前)。到着時刻に合わせてパスタやリゾットを作ってくれるのでそのあたりを調整していくとよし。カードOK。

tabelog.com


4.亜細亜
焼売、ビーフン、五目焼きそば(太めのパリパリ麺!)が美味しい。お店の電話して取りに行くのが吉。しめじと紋甲イカの炒めものは優勝。炒めものや酢豚を買うときはごはんを炊くのを忘れずに。

tabelog.com


5.小林食堂
基本的には1000~1200円程度のお弁当スタイル。日ごろはフレンチとイタリアンの間のような料理を出してくれるお店だがお弁当は和。3日前など事前予約すると松花堂弁当や肉のローストなど買える模様。ワイン赤4本白2本を1万円で販売しているようだけど赤ワイン飲めないから買えず。白ワインだけの3本とか作ってくれないかな…。

tabelog.com


6.Setouchi Kitchen五反田店
日ごろは瀬戸内海方面の食材を使ったイタリアンのチェーン店。パスタやリゾットのテクアウトもあるのだが、有名な讃岐うどん屋さんのお土産箱やお米の量り売り、土佐文旦など少し珍しい柑橘類、柑橘類のコンクなども販売。DEAN & DELUCAやAKOMEYAが五反田にできるわけがないので、今後も売ってくれたらと思った。もう少しテイクアウトメニューがあったら嬉しい。

tabelog.com


7.ロマーノ五反田
駅近の地下にある広いイタリアン食堂。パスタソース2人前500円から。その他ピザや肉料理などメニューも豊富。LINEでの注文も可能。マルシェということで野菜まで売っている。カード利用OK。

tabelog.com


8.食堂とだか
予約が取れないことで有名なお店。お弁当2000円、カレー1000円、クリームチーズ甘納豆1000円程度。私のお弁当にはそら豆が入っていたけど家族の分には入ってなくて残念がっていたけどそういうこともある。名物メニューを味わってほしいというお店の心意気を感じる。Facebookでその日の販売数がお知らせされるのでそこのコメント欄で取り置きをお願いする方法。

tabelog.com


9.串カツ田中東五反田
コロナセット(567円。店頭では税込612円と表示されており最初わからなかった)など、その場で揚げてもらえます。ドライブスルー野菜ということで野があれこれ入った箱を1500円で販売しているのでそちらにも興味がある。野菜をあれこれ選んで買うことすらいささか億劫に感じていることに気付きつつ。

tabelog.com


10.たかはし
高輪台泉岳寺白金高輪の間にあるお寿司屋さん。にぎりは2800円、3700円、5200円(いずれも税込)から選びます。テイクアウトしに行こうかと思ったのですが「そうすると折詰にすることになって詰め込んじゃうことになるから運べるようなら運びたい」とのことで出前してくれました。現金とお寿司を交換、翌日寿司箱を回収にくる懐かし(?)のスタイル。(出前はエリアによると思うので事前に確認を。五反田民の私は運んでもらえました)
何が良かったって巻物…。巻物なんであんなに美味しいの…。ファストフードではない寿司、ネタごとに異なる熟成をかけた寿司、美味しかったです。

tabelog.com


11.ファイヤホール4000
暫定マイベストを獲得。超美味しいのなにこれ。優勝。
火鍋セット2人前3500円。スープは薬膳系と麻辣系の2種類からひとつ選びます。加藤ポーク(有名なのかしら?)のスライス400g(我が家は食べ残しそうになった)、きれいに整えられた種類豊富なお野菜の盛り合わせ、名物肉団子。野菜はタッパーに入ってるし、スープは蓋つきボトルに入ってるし、容器代込みでこれで大丈夫なのだろうか…店名4000なのだから4000円でもよかったんじゃないのかな…。
テイクアウトでも宅配に耐えられる包装仕様になっているので誰かの家に遊びに行くときに持っていくにもよさそう。お子さんがまだ小さかったりする方々のホームパーティとかこれもう最高では。この禍が収まってからも販売続けてほしいなと心から思いました。
たまたま通りがかって在庫があったので買えたのですが前日夕方までに注文する仕組みです。

tabelog.com


宅配はどうしても手数料やら配送料やらかかってしまいますがこちらから。
ファイヤーホール4000 ご自宅配送のご予約 - OMAKASE



これからチャレンジする予定のお店リスト。おすすめあったら教えてください!!
12.すしやの馬太郎 (スシヤノウマタロウ) - 五反田/寿司 [食べログ]

13.料理屋 染川 - 五反田/懐石・会席料理 [食べログ]

14.あげ福 - 五反田/とんかつ [食べログ]
15.ミート矢澤 (ミートヤザワ) - 五反田/ハンバーグ [食べログ]

3か月熱が下がらなかった熱が下がった。

書かざるを得ない。
これは書かざるを得ない。
(ブログのタイトルもそういうことだし)

5月の下旬から、どうもこうも体調が悪い。
「まぁ風邪だろう、この冬はまったくかからなかったし仕方ないね」と思っていたが、喉が痛かったり耳の後ろが痛かったり。そしてとにかくどうにもこうにも疲れが取れない。とにかくヘトヘトになる。クッタクタ。最寄り駅まで歩くのもつらい。バテる。気分もまったくすぐれない。

6/3 口内炎が増え、ヘルペス再発だと考えて医者に行く。


6/6 具合悪そう。


6/15 へばっている。


6/16 増える不定愁訴

 
どうしちゃった??
さすがにこんなに寝てもよくならないのなんで??
熱があるとわかると途端に具合が悪くなるタイプなので測らないようにしていたが、ついにそれもギブアップで熱を測ると37.5度。
近所の医院に行き、2週間?くらい?具合が悪いと伝えて、採血されて解熱剤(アセトアミノフェン)をもらって帰る。

しかし、解熱剤を飲んでも熱は一向に下がらない。
どういうこと…??
解熱剤飲んで熱下がらないってどういうこと…??

 

さすがに不安になり、3日後に検査結果を聞きに行くとCRPが0.92。でもそれ以外は特に問題はなし。
(ちなみにCRPというものは何ともなければ0.3以下らしい。風邪ひいたりすると数値は上がるそうだ。)

【医者からの説明①】死ぬほどではないが何かが起こってるっぽい。
【私からの事実②】微熱下がらない。とりあえずだるい。つらい。
【結論】よくわかんない。

ということで、医院から紹介状を持たされ町の大きな病院の「総合診療科」へ直行。
(先生が電話してくれて予約まで取ってくれた。本当にありがたかった。)

6/20 総合病院送り。

 

「総合診療科」というのは「何の病気かわからない人が行く科」で、そこからあちこちの科に回されて診てもらうのだが、採血してもCTを撮ってもレントゲンを撮っても特に異常は見当たらない。

【医者からの事実①】CRPという数値は0.45になりました。治ってきてますね。甲状腺に関する値も感染症に関する値も特に異常はないですね。(これがさらに長引く結果につながる)
【私からの事実②】微熱下がらない。とりあえずだるい。つらい。
【事実】よくわかんない。

 

続いて行きつけの婦人科に。あれこれ検査するも、異常なし。

私:「更年期障害とかなんでしょうかこれ」
先生:「あなたピル飲んでるでしょ。更年期障害のお薬ってピルを超~~弱くしたものなんですけど。そんなわけないでしょ。なに言ってるの」
私:「(そうだったのか…………)」

世の中、知らないことは多い。


6/30 相変わらず苦労している。


7/1 いじけてる。具合が悪いと気分も滅入るんだよ。


7/4 あらゆる可能性をつぶすべく歯医者の受診を検討。

 

7/11 体温計が壊れているのではと思い、Amazonで体温計をポチる。
「コンビニとかドラッグストアに買いに行けばすぐ手に入るのにAmazonポチるあたりがしょうもない」と突っ込まれる。

 

7/11 とりあえず喉と鼻もおかしいままなので、町の耳鼻科に行ってみる。


7/12 具合が悪いのでイライラしている。


7/12 イライラは頂点に。


耳鼻科で薬をもらうもさっぱりよくならない。熱も下がりきらない。
医学的には37.5度程度またはそれ以上を微熱というそうで私はそれにも該当しないらしい。


7/20 相変わらず寝ても寝ても眠い。

 

7月末 総合病院では原因がわからず「原因はわかりませんがよくなってはきてるのでいったん様子見で。また悪くなったら初診で来てください。」と診察が終了。悲しむ。


8/3 「もしかして…これは慢性疲労症候群というやつ…?」と慢性疲労症候群についてあれこれ調べるも微妙なサイトにばかり行きつき、むせび泣く。


8/10 義父によるストロングゼロ攻撃。


8/13 平熱37.0度程度に。


8/23 10年前に体調を壊した人の病院へ。「この採血結果は新型栄養失調っぽい」と言われる(この話はまた後日)



8/30
疲れ→睡眠の問題?→睡眠外来に行ってみようということで予約取って行ってみる。
先生:「あなた甲状腺が腫れてますよ?」
私:「しばしば大きいとは言われて採血したり検診で引っかかってエコーしてるんですが特には…と言われるんです。ただなんか昨日からのどがまた痛くて。昨日ちょっと人と話すことが多かったので」
先生:「なんかよくわかりませんが今日は明らかに腫れてるので、専門病院に行ってください。」
私:「紹介状とか…大きな病院だと…予約もなかなか取れないし…」
先生:「東京なら予約なしで内分泌専門クリニックでその場で検査してくれるところがあるはずです。今の時間ならまだ大丈夫でしょうから行ってみてください。」

 

そんなところあるのかな…と思いつつネットを検索するといくつかのクリニックが。
私の家からだと日本橋にあるクリニックが通いやすそうだ。
「かくかくしかじかこうこうで、今から大丈夫ですか?」と電話したところ、大丈夫ですよとのこと。

 

クリニックへ。


私を見た途端。
この超絶おしゃべりな私が話しはじめる隙すらもなく。

 


先生:「あらららららこれは大変だったでしょう」
私:「?!?!?!?」
先生:「これいつからなったんですか?」
私:「昨日?一昨日?人と久しぶりに話しすぎて、風邪ひいたふうになってちょっと喉が痛いんですよねでもそんなことより熱が3かげ……」
先生:「やーーーかわいそうにとりあえず採血して、エコーしましょう。これ「亜急性甲状腺炎」というやつですほぼ間違いなく」

 

聞いたことないよそんな病名。
「本当になんてかわいそうに」という顔をする先生と看護師さん。

採血して結果が出る間にエコーで診てもらう。
(最近は大学病院や総合病院出身のお医者さんが専門外来のクリニックを開院して、必要に応じて関係のある病院に送り込んだり、ご自身が病院で手術したりというケースがあるそうだ。採血の結果も後日に聞きに行くではなく、その場で必要な項目の数値がわかる。きっと高額な機械が置いてあるんだと思う。すごい。)

先生:「ここがほら、黒くなっていますね、ここ本来なら白いんですが腫れている部分が黒く映ります。
私:「……」
先生:「左側もぽこぽこ残ってますね、おそらく数か月前にこれにかかり、今右側がかかりましたね。亜急性甲状腺炎で確定です。いやぁ大変だったでしょう。喉とか鼻だと思って風邪だと思う人が多いんですよね」
私:「ううううう(涙)

 

血液検査の結果があがってきたら、CRPが6を超えてました…。
もうやだどうなっちゃうのと思ったんですが、

先生:「治ります。ステロイド飲めば熱も明日には下がります。
私:「え?」
先生「きっちりおくすり飲み切ってください。」
私:「はい。」
先生:「何もしなくても治るんですこれ。2か月とかまぁ半年とか
私:「は、はんとし~~~~!!!!!」
先生:「それを薬で押さえ込んで長引かせないようにしていきます。つらいですよね。治りますから安心して。」

 

8/30 Twitter民なので喜び浮かれるのもTwitter


亜急性甲状腺炎 - 10. 内分泌疾患と代謝性疾患 - MSDマニュアル プロフェッショナル版 

msdmnls.co


甲状腺は男女問わず喉仏の下にある器官なのだけど、なぜか甲状腺の病気にかかる人の多くは女性なのだそうだ。不思議。

しかしそういう話になると、女性は行きつけの内科、行きつけの歯科、行きつけの婦人科…に加え行きつけの内分泌系クリニックを持つべきじゃないですか?これ。

こんなエントリーをわざわざ書いたのは、
1.この病気、原因が特定できないままあれやこれやとサプリメントやリラクゼーションマッサージエステの類を試してみるもすっきりしない女性がいるのではないか?
(あれこれ買いそうになりましたほんと。鍼には何度か行った。)
2.「鬱になった?」「あれ?更年期障害?はやくない?」と悩んでいる女性がいるのではないか?
(メンタルダウンかと思いましたほんと)
3.仕事や家事育児ができずつらい思いをしている女性がいるのではないか?
(マジで何もできないですほんと)

タイミングを逃すと血液検査だけではわからないことも多いらしいので、(1)エコーの設備がある(2)紹介状無しOKの内分泌系クリニックを探しておくことの重要性を痛感した。採血してエコーで診てもらっても5000円とかで済む。日本の保険医療万歳。病院で5000円の支払いは高いと思うかもしれないが、考えればサプリメントやマッサージとかと比べたら大して変わらない(むしろそっちのほうが高い。鍼とか1回5000円とかするし)
出産を希望する女性は甲状腺に関する数値が閾値内にあることが重要という話も聞くので、何かあったら相談できる、紹介状とか要らない内分泌系クリニックは女性にとって婦人科くらいかかりつけとしてもっておくべきなのだ。

私が判明するまで約3か月もかかってしまったのは、こういうことかなと思っている。
1.症状が出たと思われる日から最初の受診まで3週間以上経っており、採血したタイミングでは甲状腺関連の数値に異常が見られなくなってしまっていたので総合病院でもわからなかった。
2.実はこの病気、アスピリンは効果があるもののほかの解熱剤だとダメらしい。ただ、今のご時世、喉とか鼻とかがおかしいと感じて熱が下がらない具合が悪いと訪ねてきた患者に最初からアスピリンを処方する内科医もいないはずでアセトアミノフェンが処方されて効かなかった。もともと胃がそんな強いほうではないので第一選択としてバファリンを最初に飲む機会が減っていたこともあった
(熱出たなというときにバファリンを飲む女性はもしかしたら気付かないまま楽になっているのかもしれない。でも病院に行きましょう。医師じゃない人間があれこれ想像したり判断したりするのはとても危険だと思っている)
3.甲状腺関連のクリニックに行ったことがなく、探したこともなかった。甲状腺系の疾患にかかる女性の話はTVやネットでは見聞きするも遠い世界のことだと思っていた。
4.暑い夏が来たと思った。

 
現在の私は、押さえ込みに2度失敗したものの昨日から3度目のチャレンジ中です。いま現在は熱もなく、ブログも書ける。よくなるって超嬉しい。

今回、仕事もいったんキャンセルさせてもらったり、「とりあえず原因わかるなり治るなりまで休んでください」と言ってお休みをもらえたり、何かにつけて心配してくださる人も多く、本当にありがたい環境で根気よく探し当てられたことも良かった。
日頃サプリメント、マッサージ、鍼、リラクゼーション…わりと好きであれこれ試してみたけれど、今回はそこに突っ込まず「これは絶対何かがおかしい」と病院行きまくったのは周囲の人たちの「頑張って原因を探ってね」という応援も大きかったからかもしれない。病気になるとお金もかかるし、新しい病院に行くたびに最初から症状説明したり、何も改善しなかったりつらいことも多いけど、やっぱり具合悪かったら病院に行くべきだとこれも痛感した。

病気の症状としても気分がすぐれなくなってしまうことがあるそうで、結構しょんぼりした日々を送ってたのは事実ですがもう大丈夫。
皆さまには色々ご迷惑、ご心配をおかけしました。もうちょっとでしっかり元気になる予定なので、また仕事に、飲みに誘ってください。


ちなみにAmazonでこの体温計を買った。「熱下がったかな?」って何度も測っちゃうくらいとても気に入っている。

テルモ 電子体温計 WOMAN℃(ウーマンドシー) ライムグリーン

テルモ 電子体温計 WOMAN℃(ウーマンドシー) ライムグリーン

 

 

THE RACONTEURS@マイナビBLITZ 赤坂(2019/4/25)

f:id:ymdandU:20190426174535j:plain


Jack Whiteがバンドで来日だということで行ってきた。
今月ライブ8本目。
仕事的にも体力的にもそろそろ何屋か分からなくなってきている。

 

このライブはPhone-Free showというもので

f:id:ymdandU:20190426174743j:plain

phone-free show

こんなケースに入れられてしまい、

f:id:ymdandU:20190426174622j:plain

 

アパレルの盗難防止タグのようなもので封じられてしまった。レジにあるような専用機械を使わないと開かない仕組み。

f:id:ymdandU:20190426175135j:plain

開かない

この状況で時計を忘れてしまったので何時に始まって何時に終わったのかもわからない。Jack Whiteさんがジャムってしまうからどこまで行って戻ってくるのかとちょっと不安になる。最初の「おおぉバンドだぁ!」という感じから最後のほうで「Jack Whiteとバンド」になってしまって「ちょっと!Jackだけを観に来たんじゃないんだ!!頑張ってよ!!」とか思う。

でもThe White Stripesが奇妙ともいえるコンセプトに基づいて行動も服装も音楽も制限しながら作っていくのとは違う(それはそれでデ デ デ デ デ デ デ デという音だけでカッコいいバンドだった)、ツインボーカルと重たいのに細やかな音がきれいなドラムの個性がとても心地よい、とても素敵なライブだった。

「See you soon!」と言っていたのと今回のイベンターはSmashだったので来年フジとかに来るのかな。6月にアルバムが出るらしいのでそれで待ってみることにする。楽しみ。

セットリストはいつも信頼しているこちらのサイト。

www.setlist.fm

 

第5回 選挙速報を見る会開催のお知らせ

~第5回 選挙速報を見る会開催のお知らせ~
 日時:10月22日(日)19時30分開場、準備開始。
 ・飲食物持込可。Uber Eatsその他ケータリング利用可。
 ・簡易キッチン、電子レンジ、湯沸かしポット、氷あり。
 ・TVと新聞は会場にて用意します。
 ・投票してきた人のみ参加可能です。
 ・途中参加、途中退出可(ただ開始時に居たほうが楽しいです)
 ・投票した候補者や政党を言う言わないの自由を尊重しましょう。
 ・参加者や候補者、政党のダメ出しなどで管を巻いたら退場していただきます。


やることと言えば非常にシンプルで、
1. 選挙当日の新聞の朝刊(日経、読売、朝日、毎日あたり)を買ってくる。
2. ホワイトボード(私は日頃から愛用してるセーラーさんのものを使用)もしくは模造紙のような大きな紙を用意する。
3. 20時になったら各TV局(NHK、NTV、TBS、CX、AAN、TX)とニコニコをザッピングして各局予想を2.で用意したものに素早く書き出す。
4. 各TV局の予想と現実との乖離、勝利の弁、敗戦の弁などをザッピングしつつ全議席が確定するまで飲み食いする。

 

日本では「営業で政治と宗教と野球の話はするな」とか「野球の話をしちゃいけないのではなく巨人と阪神に関する話をしてはいけないと教わった」とか言われているけれど、みんな感じているように政治の話はこの国ではとてもとても繊細だ。
ちょっと熱心に応援活動をしていると実際ヒソヒソ言う人もいるし、誰に投票したかどうかと言うような話をすると「人を選んだ」ことに焦点が当たりすぎてしまって、「事」としての議論がスーッと消えてしまうように感じてしまうのは、私だけですかね。

とはいえ、じゃあ「政治について議論できるような環境にしましょう」なんていったところでこの国でどうやったらそういうことができるようになるのかなんて、私も正直なところイメージがわかないです。

でもなんか、ずっともどかしい。政治の議論ができる環境って必要だと思うのに難しいということがなんかもどかしい。若い世代の投票率も低い。それを利用する人たちも少なからずいて悔しい…と考える中で、5年前のある日、ふと「そもっそも日曜日の夜8時って日本国民は何をしているっけ?」と思ったのです。

そこで「日曜8時の日本国民」を以下の4つの行動パターンに区分してみることに。
1. 一人で家で過ごしている
(TVをつけていて、かつ、記録媒体や録画の再生をしてなければ選挙速報をうっかりを含め見る可能性がある)
2. 家族と家で過ごしてる
(TVをつけていて、かつ、記録媒体の録画の再生をしてなければ選挙速報をうっかりを含め見る可能性がある)
3. 用事や予定があって外出している
(ラーメン屋さんなどTVがある環境にいれば選挙速報をうっかりを含め見る可能性があるがTV自体を見てない場合が多い)
4. 選挙の応援などをしていて選挙事務所やTVを見られる環境にいる。

そして、当然のことなんですけれども、
*選挙速報は家で見ることがほとんどで、1人または家族といるときだから、友達や知り合いと一緒に見ることってまぁない。
*日曜8時という時間帯の影響も大きい。翌日月曜だし家にいる人も多そう。
なんてことを思ったんです。

んじゃ、友達や知り合いと「ただただ選挙速報を見る会」があったら、意外に集まるんじゃないかしらということで「1人で家で見るくらいならみんなで見ようぜ」という会をはじめました。

みんなSNSで共有するの大好きなのに、選挙の話だけしづらいとか思ってるんじゃないの?すごく盛り上がったりしてたら話に加わりたいんじゃないの?本当は面白そうだけど会話に加われそうにないとか思ってるんじゃないの?会話に使えるんだったらみんな喜んで話すんでしょ?まぁでも友達や知り合いが政治の話してるのって普通は見たことないよね?


やってみると、意外に盛り上がりますよ。
なんだかんだでもう開催5回目。なんだかんだ人も集まります。

少しでも政治についての議論がしやすい世の中になりますように。

セーラー万年筆 どこでもシート

セーラー万年筆 どこでもシート

 

後輩の結婚パーティで先輩は本気を見せることにした。

 ご無沙汰してしております。ライブの回数が昨年を上回るペースで進捗しています。ヤバいです。新年の決意はどこへ行ってしまったのでしょう。どこかで落としてしまったようです。見つけたら、至急ご連絡ください。

 

***** 

 さて、今日はこの動画から。まずはクリックして見て欲しい。 

  

 大学時代に所属していたサークルの後輩の結婚パーティに呼ばれた。私のサークルは2年生で引退することもあって、私が大学4年生のときに入学してきた彼とは、あまり会う機会もなかったはずなのだけど、何かのきっかけで声をかけてくれたのだと思う。(しかし、すまぬ。さっぱり覚えていない。)
 私と同じように彼もまたサークルを2年生で引退したのだが、彼は学生のうちにサークルの仲間たちとIT系の会社を興して、色々苦労しながらも、今は渋谷に立派なオフィスを構えるほどになった。
 そんな彼が素敵なパートナーと出会い、この度めでたく結婚することとなった。彼の熱さにやられたサークルの仲間たちや素敵なパートナーの方のお友達が一同に介す、大運動会が、間違えた、大パーティが開催されることとなり、光栄にも招待してもらった。

*****

 女性の皆さんならよくお分かりになるかと思うが、女性のパーティ服というのは本当に悩ましい。男性の方のようにスーツにネクタイを変えて、スカーフを胸ポケットに…では済まないからだ。何着か持っていても「これは◯◯さんのときに着たな…」とか「これは会社同僚の結婚式のときに着ただけだから、大学の友人の結婚式で着ても大丈夫だろう」とか考えるだけで結構大変なのだ。もちろん、お金だってかかる。
 招待をもらった1ヶ月ほど前、手持ちのドレスをひととおり着回してしまっていることに気付いた私は、街に繰り出してウィンドウショッピングをしてみたものの、気に入ったものが見つからずにいた。
 しかも、彼のパートナーの方の勤める会社は、素敵な女性が大勢いることで巷でも評判の会社と聞き、「今、店のマネキンが着ているような素敵な服を買っても、参加者の誰かと被るんじゃないか…。それは…苦痛だ…。さらしものだ…」と泣きそうだった。

 途方に暮れて帰宅した私は、googleの画像検索に「ドレス、結婚式、…」と入力し始めた。

 「まぁ、そんな簡単に見つからないよなぁ…。」
 「安いなぁ。これ。生地が薄いんじゃないかな…。」
 「キャバ嬢の衣装みたいなのばっかりだな…」

 

 

 「………。」

  見つけた。これだ。このドレスにしよう。なんて素敵なんだ。

 

 私がクリックした画像は、creema(クリーマ)というクリエイターの方が作品をネット上で展示したり、売買できたりするサイトに掲載されている写真だった。


 creema
 http://www.creema.jp/ 

 

 何度見ても、このドレスがいい。このドレスを着ていきたい。
 しかし、私が手に入れるのは難しかった。なぜなら、そこには展示制作、つまり、売り物ではないと書いてあったからだ。

 

*****

 諦め切れない私は、facebookページからメッセージを送ることにした。 

 「はじめまして。あんずと申します。creemaから来ました。掲載されていたドレスが、とても気に入ってしまい、メッセージを送っています。販売はしてないということですが、お借りすることはできないでしょうか。もちろん、お代はお支払いします。とても大切な知人の結婚パーティで着たいのです。」

 

 *****

 返事が来た。

 「はじめまして。ご連絡ありがとうございます。このドレス、実は、お客様に頼まれたもので、手許にはないんです。」

 (えーっ!ないの!?)

 「これは、私が一点一点、描いています。」

 (えーっ!!描いてるって何!?) 

「関東にお住まいということでしたら、横浜のレンタルブティックからのお仕事で何点か描きましたので、いかがでしょうか。」

 

 (えーっ!!そうじゃなくって、私にも描いて欲しい!!)

 

*****

 早速、返事を書いた。

 「ご返信、ありがとうございます。返信が頂けると思っていなかったので、嬉しいです。是非、私も、お値段には限界もありますが、描いて欲しいです!関西でしたよね?GWに、関西に行く予定だったんです。GWですし、お忙しいと思いますが、もし、予定が少しでも合うのであれば、直接お話しして、詳細を詰めさせて頂けないでしょうか。」

 

*****

 「ありがとうございます。予定が合いそうです。サテンのドレスであれば大丈夫です。お持ちになっているドレスに描くこともできますし、私がサンプルとして持っているものに描いてもいいですし。1週間あれば描けますよ。打ち合わせしましょう!お会いできることを楽しみにしています。」 

*****

 私たちは、三宮のダイニングバーで待ち合わせをして、ひたすらワインを飲みながら話し続けた。私は、作品をどうやって知ったか、作品がいかに素晴らしいか、などと延々と語り続け、彼女は、「一点一点手描きだから、決して効率は良くないけど私の作品に恋してくれた人のために、描きたいんです。」と話してくれた。

 

 すっかり意気投合して酔っぱらった私たちは、そろそろドレスを試着してみた方がいいだろうということになり、お洒落なダイニングバーのトイレを借りて試着をしては、形や色について打ち合わせを始めた。

 すると、さすが、関西。隣のテーブルのお姉様たちが黙っていなかった。
 「え!?あなたたち、最初女の人が1人でこんな店で飲んでるから、何だろうと思ったら、『はじめまして』とか言ってあなた(=私)が来るし、しまいには着替えはじめるし、どういうこと!????」
 多分、経緯を説明しだすとすごく長くなってしまうし、その前にこの状況はなかなか分かってもらえないと思ったので、「ドレスを作ってもらうんです。色とか合わせにきたんです。」と私は適当に説明してしまった。するとお姉様の1人が言った。「え?東京から?よく分かんないけど、私、一応、アパレルに勤めてて、東京にも行くんだ。色見てあげるから、ハイ、次はどれ!?」

 試着しまくりである。周りのテーブルも唖然。


 結局、既製品の紺の無地のドレスを用意して、それに描いてもらうことにした。 

 

***** 

 ドレスが届いた。

f:id:noriaria:20120521232717j:plain

 

 シンプルだけど、とても力強いドレスが届きました。
 そう、最初の映像は、彼女ー栗清さんといいますーが、私のドレスに描いてくれているときの映像です。栗清さんは、キャンドルやドレス、ミドリの「トラベラーズ」など、色々なものに描くアーティスト。栗清さん、本当にありがとう。 

 kurikiyo.net
 http://kurikiyo.net/

 

<ゲストハウスの壁にマッキーマジック1本で描いちゃう栗清さん>

 

 

川西、結婚、本当におめでとう。

 

 

 

出身地をください。

 「ふるさと」のことは先年『幼少時代』の中に委しく述べたつもりだけれども、それらの土地が現在はどういう形になって残っているか、自身で行って見たことはなかった。たまに生まれた土地のあたりを通り過ぎることはあっても、自動車で素通りするばかりで、降りて見たことは一遍もなかった。偕楽園のあった昔の亀島町あたりは、一番後まで知っていたけれども、それももう十五、六年以前になる。自分の生れた蠣殻町や生い育った南茅場町には多分三十年以上も行ったことがないだろう。今度この雑誌のこの企画のために、図らずも七十三歳の老後に及んで六十年の昔に返り、故郷の土を踏むことになった。
        (谷崎潤一郎谷崎潤一郎随筆集」(岩波文庫)「ふるさと」より)

 

谷崎潤一郎随筆集 (岩波文庫 緑 55-7)

谷崎潤一郎随筆集 (岩波文庫 緑 55-7)

 

 

 こんにちは。上の随筆を引用しながら「蠣殻町」から「蛎殻町」になったところで、ワープロやPCのない時代に「東京都中央区日本橋蛎殻町」に住んでいた方々は、年賀状のシーズンなどはさぞや大変だったろうと余計な心配をしていたところです。そのせいか、うっかり、傷みかけ?傷んだ?牛乳を飲んでしまいました。気持ち悪いです。

***

 「うわっ、なんだ。人が多い…。あぁ、twitterfacebookでこの街に来ているっていう人多かったな…。しかもこの天気じゃ…。」

 週末にかけて巡ろうと思ったある街が予想以上に混んでいて、宿の確保も当日ではままならない状況に私は困惑していた。仕事を終えて時間があれば見て回ろうという軽い気持ちでいたから、宿泊先を押さえていなかったのだ。もともと人が多いところに人がいないのは淋しいが、人がいないほうがいいに決まっている場所に人が沢山いると、すうっと冷めていく自分がいた。

 (大人しくこのまま東京に戻るか…。)

 ふと、そのとき、最近は滅多に連絡を取らないが私にとってはとても大事な、かけがえのない知人のことを思い出した。連絡をすると珍しくすぐ返信がきた。今日の夜は空いていると言う。

 「分かった。これから向かうわ。飯でも食おう。」

 私は、知人の住む街、小学3年生から中学2年生まで過ごした街に向かった。

***

 電車で移動しながら「もし、私が 野球部のマネージャー 力士だったら、一体どこの都道府県の出身の力士として紹介されるのだろう。」という、本当にどうでもいいことが頭に浮かんだ。

 転勤族の家庭に生まれ育った私は、故郷や出身などを訊ねられると返答に窮する。結果的に東京に住む期間がどの街に住んでいた期間よりも長くなってしまったのだが、長年住んでいるからといってその街が故郷や出身になるわけではない。このままだと両親の故郷であり、現在も本籍地であり、祖父母をはじめとする親族がほとんど住んでいて、私が実際生まれた病院のある鹿児島が出身地になってしまいそうだが、中学生の頃まで毎年の夏休みのほとんどを鹿児島に滞在していたものの私自身は鹿児島に住んだことはなく、住んだことのない街が出身地になってしまうことに何とも言えない気持ち悪さを感じていた。
 試しに「血は鹿児島です。」と答えたこともある。すると「生々しい…というかそれは『ルーツ』というのでは?いずれにせよ出身とは違うのでは?」と指摘された。確かに「ルーツ」とは祖先がどういうことをしていて…という私が生まれる前からの「線」で表現されるだろうし、「出身」とは、私がどこからきたのか…という私から始まる「線」の起点だ。「3代住んだら江戸っ子」とはよく言ったもので、3代に渡って住み続けるくらいでないとルーツと出身は一致しない。

 向かっているこの街も、私の出身ではない。中学校の卒業クラスがあるわけではないから中学校の同窓会があっても参加しようがないし、当時の友人たちもこのエリアには住んでいないので、この街を訪ねることはあっても今後、住んでいたエリアに用事ができるとはちょっと想像しづらい。
 そんなわけで、私にとってこの手の質問は非常に答えづらい。転勤族の家庭に育った人たちはきっと同じ思いだろう。別にどこかに所属したいわけでもないし、どこが出身なのかはっきりとしなくても何の不自由もない。むしろ私を知ろうとしてくれるから訊ねてくれるのだろうし、とてもありがたいことだ。もしこの手の話がしたくないのであれば、さっさと他の話題を提供できるくらいのエンターテイナーになればいい。それだけのことだ。

*** 

 翌日、「谷崎潤一郎ごっこ」を決行した。

 私が住んでいたあたりは、街の中心部から20〜30分ほど電車で行ったところにあった。当時は自転車だったが今回は電車の一日乗車券を買い、私の行動範囲だった5駅ほどの範囲にある自分がいた場所を片っ端から訪ねて回った。一駅、電車に乗っては降り、街を歩いて、また電車に乗って一駅進んでを繰り返す。

 CDショップ、塾、図書館、本屋、ゲームセンター。

 この20年で大きく変わった街並み。

***

 一番行きたかったのは、本屋だった。本屋は当時の家の最寄り駅から3駅離れたところにあり、どうやって見つけたのか全く憶えていない。少ないお小遣いで本を買うため、好きになったばかりのミュージシャンたちの情報を手に入れるため、本屋さんや古本屋さんを見つけては覗いて回っていた頃に古本屋だと思って入ったその本屋は、昔の音楽雑誌が床から天井まで並べてあった。他にも、鉄道、宝塚、ミリタリーといったジャンルの本やビデオが溢れんばかり置いてあった。
 インターネットがないということは、Wikipediaはないということ。biographyもdiscographyも分からないということ。好きになったミュージシャンや音楽の情報を手に入れる、その方法から自分で得るしかなかった。TVやラジオはリリース時は流れるけれど、私のように初期に好きになったミュージシャンたちがうっかり10年以上活動しているとなると、過去の活動を知る方法から手に入れなければなかった。古本屋さんはどうしても雑誌の品揃えは薄い。…と、困っていたらあったのだ。本屋が。しかも古本ではなく、何年も前のバックナンバーから取り扱ってくれている本屋が。

 宝の山だ!!!!!!! 

 私は、暇があればこの店に通った。もう片方の、いわゆる「普通の本屋」の方にも必ず立ち寄った。取り扱う本の種類が本当に多種多様で、しかもすべての取り扱いが等しかった。私の飽くなき探究心と広くて浅い好奇心は、みるみる満たされていった。先日この本屋で買った雑誌たちを自炊してスキャンしたのだが、当時、財布を握りしめては立ち読みさせてもらって、内容を読み比べて、1冊買って帰るを繰り返して集めた大事な大事な雑誌たちだった。私が日本のミュージックシーンの知識が年齢の割には古いことを知っていて、年齢をごまかしていないかとよく突っ込まれたり、様々な分野やジャンルに興味を持つようになったのはこの本屋のおかげなのだ。

 本屋に入ると、お世話になっていたおじさんが、おじいさんになって店に立っていた。ただ、音楽雑誌のバックナンバーはなかった。

「ごめんねぇ。そう、お店が2店舗あったでしょ。もう片方の方は閉じちゃったんだ。今は鉄道とミリタリー、宝塚とゲームはこっちの店に持ってきたんだ。」

 おじいさんは言った。

 

ドラマ別冊 エンタテイメントの書き方 Vol.3 2012年 03月号 [雑誌]

ドラマ別冊 エンタテイメントの書き方 Vol.3 2012年 03月号 [雑誌]

 

 

まっピンクの「台所」も売っていた。

(こんな傷んだ本棚だけどれっきとした本屋です。本当に今回も素晴らしい品揃えだった。) 

f:id:noriaria:20120317145234j:plain

 

***

 好きな街かと問われても、正直なところよく分からない。自分の意思で住み始めた街でも離れた街でもないし、年齢的にもその行動範囲はかなり限られたもので何も知らないに等しい(厨二とはよく言ったものだ本当に)。この街にいて何か楽しいことがあったわけじゃない。日々の生活に鬱々とした普通の中学生だった。この街だったからなのか、転勤先が他の街でも同じことが起こっていたのか、なんとなくぼんやりとしてしまい、必然性とまでは結びついてくれない。
 ただ、この街から引っ越して新しく通った東京の中学校は、ひどく荒れていた。先生が頭からシチューをかけられていた。私自身も引っ越して数ヶ月はトイレに入ってたら上から牛乳が降ってきたような学校生活だったので、この街での生活に多少なりのアイデンティティを感じて生きていないとやってられない時期もあった。5年半という期間だけで考えれば人生の中で占める割合はどんどん下がっていく一方だが、小学3年から中学2年までの5年半という人間が作り上がっていく時期だけをこの街で過ごし、かけがえのない大事な知人と出会ったことは私のその後の人生に大きな影響を与えた。

 それは名物料理を食べたり、中継を見て思い出されるものではなく、清水義範の本を読んでは「大阪には負けてないと思ってるけど、東京はちょっと遠くて届かない(でもまぁそんなもの)」という妙な感覚が自分に芽生えてしまっていることに動揺したり、大学時代にしていた塾講師アルバイトでは「先生が怒るとあの街の方言が出るから気をつけろ」と生徒の中では怒りバロメーターとして作用したりという、ちょっとしたことで自分に組み込まれていることに気付かされてバツが悪いような、そのときの自分が生きていたことを実感するような気分になる。
 今、この街に自分自身も存在しなければ、自分が見ていた世界もない。当時のことも断片的にしか思い出せないし、思い出したとしても、今、私の目の前にあったものとは全く違うものだ。それでも、かき消せない何かとして、私の中に組み込まれている。それが悔しかったり、嬉しかったりするのだけど。

***

 谷崎潤一郎が、ただ、淡々と日本橋界隈を歩いたように、私も真似をして淡々と歩くという「谷崎潤一郎ごっこ」を終え、本屋の近くにあるミスタードーナツに入り、持っていた深代惇郎のエッセイ集をパラパラと読んだ。「倫敦暮色」という深代惇郎がイギリスに駐在していた1972年頃に書いたエッセイが載っており、当時のイギリスやECができた頃のヨーロッパの雰囲気を伝えてくれる。なんでこんなときにこんな本を持ってきてしまったのだろうと思いながら、ドーナツをカフェラテで流し込んだ。

f:id:noriaria:20120317143008j:plain

僕と彼女のはなし 「伝える」

 これまで色々話を聞いてきたけど、ウンウンそうだそうだと頷いていたら、どんどん話が酷くなっていって(ちゃんと聞いているんだよ)、さすがに心配になってきたので、この手紙を書いてます。気に食わないところがあったら、僕の心配しすぎだと思ってどうか許してください。

 結論から言うと、君はもっと周りに甘えるべきだと思う。周りっていうのは、すぐ身近な人たちではなくて、いつもは離れて暮らす家族、友人、他人… 別に男を作って甘えさせてもらうでもいいと思うよ。ちょっと歳の離れた若い男なんか、君から声をかけられたらすごく喜ぶんじゃないかな。

 話は少し逸れてしまうけど、子供への虐待のニュースが報道されるたびに、「相談してくれたら良かったのに…」という周囲のコメントが報道されるけど、僕は腹が立って仕方がない。孤立や孤独は、その人の、そのとき持っているスキルやキャパシティの限界を超えてしまって人に「伝える」ことができないから起こるのに、孤立していた事実や孤独になっていった状況を伝えたところでいったい何になるのだろう。
 そもそも、人は孤独や孤立を深めてしまうとき、たいていは何かしらの理由で心や身体が弱っていて、既に何かしらの手助けが必要な状態だったり、下手したら何もかもがどうでも良くなっちゃっていることが多いと思うんだ。そういう人が誰かに何かをまともに伝えられるとも思えないし、たったそれだけのことで、人の生命や心の安定が奪われてしまうから、恐ろしいというのに、周囲は暢気に「相談してくれたら良かったのに」などとそれでもまだ頑張ることを求めたりする。あー嫌だ嫌だ。僕はそういうのが嫌でたまらないんだ。

 世の中は、本当は僕らが思っているよりももっと自由で広いんだろうけど、そもそも僕らはそのすべてを使う能力など、当然持ち合わせてないから、自分とは別の人格を持つ相手が、自分と同じように嬉しいと思ってくれるかという一抹の不安を抱きながらも、「人にしてもらって嬉しかったことや助かったことを、他の誰かにする」というサイクルをつなげることで、自分の思いを伝えていこうとしている。それに色んな人たちの助けを受けながら、出っ込み引っ込みのある日々を「まぁ、幸せだな」と思えるように折り合いを付けていくのが人生の前提になっている。決して悪いことじゃない。ただ、こう考えてみたって、「伝える」ということは、すごく難しくて、ハードルの高いことだと思う。だから、時に失敗したって当たり前だと思うし、失敗が続くときだってあると思うんだけど、世の中が頑張ることを求めるせいか、追い込まれて爆発しちゃうまで頑張っちゃったりする。

 「人に言うようなことじゃない。」
 「このくらい自分でやらなきゃ、自分でやって当たり前。」
 「これはこうあるべきだ。」

 これって「人にしてもらって嬉しかったことや助かったことを、他の誰かにする」というサイクルをつなげることで自分の思いを伝えていくはずが、自分の行動や気持ちをこのサイクルを回すことに縛りつけてしまっているんじゃないかと。
 「それがいちばんいいって、誰が決めたんだい?」と、つい、君に言ってしまうときって、こういうことが言いたかった。

 311の震災は、僕たちの心に大きな不安を落としていった。僕は1人でいるのが好きだし、君はするもんじゃないというけれど、あまりの揺れに、さすがに一度くらい結婚でもしておけばよかったと思ったくらいだ。
 みんな、同じように311で不安や悲しみを感じたはずだけど、自分だけで感情を出すという雰囲気でもなかったから、みんな押し殺そうとしたよね。というか世の中がそれを求めていた気もする。ただ、それがふとした瞬間に溢れて、身近な人に向かってしまったり、その身近な人の持っていた不安や影と共鳴したりすることもあったと思う。だからこそ、無意識にぶつかり合ってしまった身近な人たちとは距離を多少とっても、他人に甘えてみるのもいいと思うんだ。

 だから、君も僕に話すだけじゃなくて、もう少し僕を頼ってみたらどうだろう。
 若い男よりは気が利くと思うし、いくらでも甘やかしてあげるんだけどな。