ポーさんの水差し (わらしべあんず)
こんにちは。
今年こそ、ライブへの参加を減らすぞ!と心に固く誓って新年を迎えたはずでしたが、行かなかったのは1月だけでした。気付いたら8月まで……あれ?おかしいな?
こんな愚かな私とは対照的に、今年大学受験だった九州に住む従弟たち2人の進学先が無事に決まりました。1人は迷彩服の大学はやめて関西の大学に、もう1人はセンター試験で足切りにもめげずに関東の大学に。楽しく、頑張って欲しいです。
愚かな従姉は、従弟たちの年頃に何をしていたか、思い出すことにしました…。
***
高校が、高田馬場という駅から歩いて15分くらいのところにあった。
当時の都立高校には学区というものがあったが、私はわざわざ学区外から無欠席で通ったくらい(遅刻は多かったけど)、愛してやまない高校だ。しかし世間からみたら、いわゆる「イケてる高校」ではないことは、ブロック塀1枚隔てただけの隣の女子校に男子が一切相手にされてないことからも明らかだったし、制服も指定のジャージも朝礼もHRもエアコンも、何もなくて、勉強しろとも言われなかったから、クラスの7割くらいは浪人する、そんな高校だった。
高田馬場駅には、駅から少し歩いたところに新宿区の中央図書館がある。この図書館の特徴は、2階が児童向け図書と閲覧スペース、3階からが一般図書や閲覧室になっていることである。高校3年生の冬も差し迫った頃、家で全く勉強が手に付かない私は、しばしばこの図書館に立ち寄っていた。
その日も3階に向かっていた。
階段を上がっていると、2階の児童室の机に向かう大人の女性に気付いた。勉強しているようだったが、2階は児童向けなので、机の高さが明らかに合ってない。彼女も何かがおかしいと気付いているようだった。
彼女と目が合った。
私は児童室に入った。「ここは、児童向けですよ?」と伝えてみるが、日本語が一切通じない。困った。外国の方だ。確かに東南アジア風の顔つきをしている。苦手な英語で「ここは子供のための部屋。私たちの部屋は上の階ですよ。」と伝えたところ、お姉さんは、すごく素敵な笑顔で、手を合わせながら、丁寧に丁寧に私にお礼を言った。
***
お姉さんは、綺麗な英語で話してくれた。
・4月から愛知の大学に留学するために、駅と中央図書館の間にある語学学校で
日本語を勉強しはじめたが、全く日本語が分からない状態で来日したこと。
「ポーさん、英語上手ですね。私は英語が得意じゃないんです。
もうすぐ受験なのに。私は日本語の話し相手になるから、
ポーさんは英語の話し相手になってくれませんか。
週1回くらい、そこの喫茶店(ドトール)お茶でもしながら。」
「日本でお友達ができて嬉しいです。こちらこそよろしくお願いします。あんず。」
人に向かって英語を使ったのは、ポーさんが初めてだったかもしれない。
***
ポーさんは、タイの国費留学生として愛知県芸大の大学院にChina(陶芸とか瀬戸物とか)の研究で来日していた。ポーさんは、明らかに育ちの良さそうな雰囲気を纏っていたし、芸術系で国費留学生、しかも瀬戸焼、美濃焼、常滑焼など種類も豊富な東海地方の大学への留学となると、ポーさんはとても立派で優秀、その道のエリートに決まっている。しかも女性!かっこいい!!
家に帰って、うっかりこの話を母にするとお説教が始まった。
「アンタ!受験生でしょ!人の日本語心配している場合じゃないでしょ!」
「……。英語の勉強だもん。」
「ったく。大学行く気あるの!?浪人ダメって言ってるでしょ。」
「私だって浪人したくないし、向いてないと思う。」
「向き不向きの問題じゃないでしょ!!入れてもらえるかどうかでしょ!!!!」
母が怒るのも仕方ないと思った。それでも私はポーさんと会うことをやめなかった。毎週毎週、週1〜2回、携帯電話を持たない私たちは中央図書館で待ち合わせをして、ドトールでコーヒーを飲みながら、おしゃべりをした。
***
年が明けた。
「ポーさん、もうすぐ受験が始まるから高校も1月末でお休みになるの。
ここには来られなくなるの。ごめんね。」
「あんず、頑張ってください。どこ受ける?」
「K大かS大に行きたいんだけど…。K大は難しそう。」
「大丈夫だよ。応援してる。大丈夫。」
「ありがとう。ポーさん、すごく日本語上手になったね。
会ったときは本当に全然喋れなかったのに。」
「話し相手になってくれて本当にありがとう。
あのとき図書館で、すごくすごく心細かったんだ。
あんず声をかけてくれて本当に嬉しかった。初めてできた日本の友達。」
「えへへ。私も人と英語で話したのポーさんが初めて。
ポーさんは、いつ引っ越すの?」
「3月の終わり」
「手紙書くね」
パソコンも持っていなかった2人は、手紙を書く約束をした。
***
2月末、大学受験が終わった。
正確には、もう1校、受かりもしない一次試験の結果発表と万が一の二次試験が残っていた。志望校のS大に合格していたので、激しく後悔していた。「卒業式は何を着ようかしら♡♡予算いくらまで?♡♡」などとすっかり浮かれていた。
(母校の卒業式は、なかなかシュールで、ルパンご一行様がいた年、着ぐるみがいた年、色々あるという。私のときは、当時、故松田優作がコーヒーのCMに出ていて、あの髪型&サングラス&スーツ&お帽子で登場し、ステージの上で缶コーヒーを開け、卒業証書を受け取った人がいた。バレリーナ、軍服、紋付袴などは、ごく普通にいる。今でも相変わらずな卒業式なのだろうか。)
【参考】当時の私のスケジュール(抜粋)
S大試験(2月初旬)→K大の試験&S大発表(2月中旬の同日)→K大発表(2月末)
→卒業式(3月上旬)→T大後期センター発表(卒業式翌日)→試験(3月中旬)
母が「ポーさんに雛人形見てもらったらどう?喜ぶんじゃない?」と言った。わが実家は両親の故郷である鹿児島の暦で動いているため、七夕やひな祭りが1ヶ月遅れるので、3月末もひな人形が飾ってあるから丁度いいのではないかと言うのだ。
「いいね!」
ポーさんの通っていた専門学校に電話をかけた。
「T高校の山田といいます。ポーさんはいますか?連絡が欲しいと伝えて欲しいんです。」
専門学校の受付の人が、たまたま学校にいたポーさんに電話を繋いでくれた。
「ポーさん!受験終わったよ!ひな人形飾ったからうちに見に来ない?
ジャパニーズドールフェスティバルフォーガールズ!遊びにおいでよ!」
***
3月末、ポーさんは、大きな荷物を抱えてわが家にやってきた。
七段飾りのひな人形を見て、ポーさんは大喜び。何枚も一緒に写真を撮った。
「あんず、大学生ですか?」
「受かった!大学生だよ!ポーさん!」
「おめでとう!どこ?」
「T大っていうところ。」
「えっ?えええええっ!!!!!!!!!!!!!?」
普段、物静かなポーさんがすごく驚いているからこっちが逆に驚いた。
「ポーさん知ってるの?」
「知ってます。みんな知っています。受けるって言ってましたか?」
「言ってない…。言えなかった…。っていうか、何で願書を出したのか
よく分からないというか…。ポーさんは私が英語できないの知ってるけど、
あれで英語とエッセイで受けるとか。1次試験通るとも思ってなかったし…。」
「ポーにT大の友達ができました。うれしいです。すごいです。」
ポーさんが大喜びしている。
「すごくないよ。私はK大に落ちちゃったの。
みんなにとって行きたい学校かもしれないけど、
こんなこと言っても、誰も分かってくれないし、
みんなに冷たい目で見られるんだけど、私、K大に行きたかったんだ。
もともと行きたかったS大に受かってすごく嬉しくて、行くつもりが、そのあとT大に受かったの。
語学だったり国際系だったらS大に行ったんだけど、法学部だったら…T大かなと。
いっぱい考えたんだけど、複雑だね。」
当時、私はT大とS大のどちらに進むか、ひどく悩んだ後だった。
「あぁ、うーん。I have mixed feelingsで合ってる?
Because I don't pass the university I wanted to enter....」
「大丈夫です。あやのさんは英語苦手って言ってますけど、やる気はあります。」
ポーさんは抱えてきた大きな荷物を「お礼です」と言って、私にくれた。
「私に?」
「おれい。ありがとうあんず。ポーが作りました。」
花瓶の底に「ぽー」と名前が入っていた。
使うのはあまりに惜しくて、たまにこうやって出しては、眺めてたりしている。
あなたを一言でたとえると何ですか?〜young, alive, in love〜
こんばんは。
あまりに寒いので、20年もののエアコンにとうとうスイッチを入れてしまいました。湯たんぽも買ってきました。「ホットカーペットが良い」という話を聞いたのですが、どなたかオススメがありましたら教えて下さい。
***
この時期に就職活動をしていないのでよく分かっていないのですが、今の時期は就職活動シーズンだそうで、私も学生さんのお話を聞いたり、相談を受けたりすることがあります。入社後は「中の人」ですから、時々、会社の姿を「外の人」を通じて見ることは、非常にいい機会で勉強にもなります。
わが社のエントリーシートのフォーマットを久しぶりに見たら基本的な路線は私が書いた頃とあまり変わっていないものの、書く量が増えていて結構大変そうでした。先日、塾講師アルバイト時代の教え子に会う機会があったのですが「先生の会社、エントリーシートで落とされたんですけど!」と言われ、国語教師だったはずの自分の力量をいたく恥じました。(ちなみにその教え子はとても優秀な生徒でしたし、とても素敵な企業に就職の予定とのこと。おめでとう!これからの活躍をとても楽しみにしています。)
「就職はお見合いみたいなもの」と某企業の部長さんが言っていたそうです。本当にその通りだと思います。企業であれ学生さんであれ、どちらか一方が「好き好き好きー!大好きー!」と叫んでも、なかなかうまくいかないものだったりします。
4月になれば、わが社も新入社員が入社して、来年の新入社員を探す面接がスタートしますが、新入社員が来る前は、社内がソワソワ、ワクワクしています。「どんな人かなー!」「◯◯さんが面接したらしいよ!」「へぇ!楽しみだな!」なんて言いながら、皆で色々準備したりして心から待ち望んでいます。(子供が生まれてくるのを待つ家族ってこんな気分なのでしょうか。)
今日は、私がわが社に提出したエントリーシートと選考過程にまつわる実話です。(早くはてなブログも分類ができるようにならないでしょうか。フィクションと実話がエントリーで混ざってしまう…)「若気の至り」としか言いようがありません。就職活動中のよい子の皆さんはマネなんて絶対しないと思いますが、これから就職活動する皆さんが持っている力を充分に発揮して一緒に働く素敵な先輩と仲間たちが見つかることを願って。
***
当時、わが社のエントリーシートには、最後の設問として、次のような問いがあり、5行ほどの記入欄が用意されていました。
「あなたを一言でたとえると何ですか?(例)私は◯◯な人です。」
私は、困りました。
("一言"と書いてあるのに、何でこんなに書くスペースがあるのだろう?一言っていったら一言じゃないの?新入社員が上の人に「一言で」と言われるようなシーンは、実はあまりいい状況じゃないだろうけど、上の人が一言って言うんだから一言だよね?)
当時郵送だったエントリーシートが提出期限に間に合わず、〆切当日の夕方に送付先に持参したくらい、考えました。
***
私はエントリーシート選考を通過しました。
悩んだ甲斐があったというものです。
私は春のいわゆる就職活動のシーズンではなく、夏採用?秋採用?と呼ばれる時期に受けていました。(今もこの時期に募集しているのかは知りません。)そのときはグループディスカッションがありました。私が参加した会は、10人強の学生さんと私でした。お題に基づくプランを作る、そんな感じだった記憶があります。
「学生さんと私」と書いたのは、当時、私は既に大学を卒業していたからです。当時は「大学卒業見込」でないとエントリーすらできない企業が多く、新聞社やごく一部の企業に限られていました。「既卒」とか「第二新卒」などという美しい言葉ができた頃でしたが、要は「プータロー」なのでリクナビに素直にありのままを登録すると「あなたはこちらですよ」とリクナビnextに飛ばしてくれるような おせっかいな 親切な時代でした。
わが社は、特に「既卒不可」と書いてなかったので受けたのですが、内定時に「あら、卒業しているの?え?すぐにでも働きたい?お金に困っているのならそれでもいいけど、同期がいた方がいいよ絶対。4月でいいよね?」と言われたくらい、おおらかでした。入社後に分かったことですが「僕は大学に7年いたよ」「俺は8年だ!」「うっ…(負けた)」などと自慢しあっている人たちが結構いて(それなりの役職の人でもそういう人がいる)、私なんてかわいいものだったのです。
***
プータローは早く社会人になって、経済的に親から自立したいと思っていました。プータローは、あまり体調が優れなかった時期もあり、アルバイトの生活に不安を感じていました。プータローは当時、免許証を持っていなかったので採用試験を受けに行くときにはパスポートを提示したのですが、いちいち説明を要するのは入国審査みたいだなと思っていました。
プータローは、グループディスカッションを通過しなければと思いました。
すると、
(ここにいる人たち、全部落としたら入れるよ!)
入社後しばらくして、グループディスカッションの選考にも加わっていた人事部の先輩や同期と飲む機会がありました。そこで先輩がこんなことを言い出したのです。
「そういえば、あのエントリーシートの欄!あんずだよね!」
「???」
「えーっと、ほら、なんだっけ、一言しか書かなかったでしょ!?」
エントリーシートを書いて1年以上経っていたし、何を書いたかなんてすっかり忘れていました。
「えっ?一言って書いてありましたよね?何でこんなに書く欄が広いのかって、悩んだんですよ。」
「理由を書く欄なんだけどさ!!」
「………。」
「みんなで『なんだこれ!!』ってなったんだよ。でも、グループディスカッション見て、『的を射てる!その通り!合ってる!あははははは!』って話になったんだよね。あのグループディスカッションは君の時間になってしまったからなぁ。」
***
入社して数年経ち、採用選考のお手伝いとして面接を担当をしたときには、エントリーシートにまだこの設問は残っていたのですが、「理由も書いて下さい。」との指示が明文化されていましたし、現在はこのような設問はないようです。
しかし、不幸なことに、 グループディスカッションで同じグループだった1人が会社の同期になりました。(当時の私の計画は失敗に終わっていたのです。)今では仲のいい同期で、彼が広島に赴任していた頃はコンサートを観に広島まで行くとなれば彼に連絡して、彼と一緒に働く会社の先輩&後輩に飲みに連れていってもらったりしました。でも、そこでも彼は言うのです。
「聞いて下さいよ。グループディスカッションのときのコイツは本当に最低だったんです。全部、全部持ってくんですよ。で、こっちが話そうとすると、全部むこうからこっちに振ってくるし、タイミングすらすべて奪って、全部持ってっちゃうんですよ。しかも、コイツのせいでみんな落とされちゃったのに、グループディスカッションが終わった後、メンバーのみんながコイツに話しかけて情報交換しようとか言ってるわけ!!」
***
「あなたを一言でたとえる何ですか。」
私は、この曲のカタカナ5文字部分を書きました。
皆さんなら、何と書きますか?
"恋とマシンガン 〜Young, Alive, In Love〜" Flipper's Guitar
Young, Alive, in Love / 恋とマシンガン
- アーティスト: Flipper's Guitar
- 出版社/メーカー: felicity
- 発売日: 2008/09/24
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僕と彼女のはなし 「チケットの神様」
なんせ僕は運がない。運がないというか、ツキがない。幸せじゃないかと言えばそんなこともないし、忙しいながらも平和な毎日を送っているけれど、彼女とのデート中にズボンの薄くなったところが裂けて破れたりする。彼女の言葉を借りるなら「周囲が脱力するようなこと」を起こすらしい。ズボンが裂けて破けたときなんかは「突き抜けてて面白い」と彼女はゲラゲラ笑っていたけれど、たいていの「周囲が脱力するようなこと」に対して、周囲や彼女の目は厳しかったし、彼女の機嫌はいつも悪かった。
そんな僕は、ファンタジーズというバンドが好きだ。ファンタジーズを知らない日本人はいないと思うけど、4人組のバンドで、ボーカルの井戸田さんが数々の名作を生んでいて、メンバーの演奏だってとても上手い。僕はファンクラブに入っているし、そっちの趣味はないけれど、井戸田さんだったら、一晩くらい共にしたっていい気がする。(こういう話をすると彼女は「そっかそっか」とニヤニヤしている。彼女は、付き合う相手が僕でなくとも面白かったら何でもいいのかもしれない。)しかし、僕はファンタジーズのコンサートを生で観たことがなかった。こんなに好きなのにチケットが取れないのだ。そんな僕に彼女が言った。
「関東の公演が取れないなら、地方公演を取ればいいじゃん。」
コンサートやライブのために地方に行く(“遠征”というらしい。)ような人を、僕は君しか知らない。
「えー。だったら観光もしようよ。観光。コンサートだけで行くのが憚られるなら、プラス1〜2日つけて旅行もしよう。チケットも席さえ選ばなければ何とかなるんじゃないかなぁ。」
数日経って、彼女は福岡ドーム公演のチケットをどこからか確保してきた。
「席は良くはないけど、取れたよ。九州旅行だ!!」
席がいいとか悪いとかの問題じゃないよ!ありがとう彼女!行ければ嬉しいよ!井戸田さん!!
***
彼女は、九州旅行の予定を組み始めた。
「長崎行きたいなぁ。どう?」とか「ハウステンボスは興味ないけどこの電車には乗りたいなぁ」とか言うので、「好きなように組んでいいよ」と言ったら、また機嫌が悪い。チケット取ってくれた君が行きたいというところならどこでも一緒に行くし、それは楽しいことだと思うのはおかしいのかな。そもそも彼女は、ゴールが見えるまではうだうだしているし、しょっちゅう体調も崩して寝込んでたけれど、これをすると決めたらゴールまで一直線に走っていく力がやたら強い人だったから、こういう段取りなどは彼女がやった方が絶対スムーズに行く。得意な人が得意なことをすればいいと思うしね。
そんなことを思っていると、彼女は「行く気あるの?こんなことなら福岡のチケット取らなきゃ良かった。」と嘆いている。ちょっと待ってよ。僕だって君ができないことをやっているつもりだ。あー、ほら、僕はバイクに乗れる。色々遊びに行ったけど次はどこへ行こうかな…などと思っていると「あなたはやる気が足りないのよ。」と彼女はまたご機嫌斜め。失礼な。僕にだってやる気はある。男女関係ってなんでこんなに難しいんだろう。
***
チケットに関して言えば、こんなこともあった。
ファンタジーズの井戸田さんはファンタジーズのプロデューサーと一緒に、毎年夏に3日間の野外フェスをやっていた。僕は彼女ができたら、この野外フェスに一緒に行くことがちょっとした夢だったので、彼女を誘ってみた。彼女も乗り気だったのだが、フェスの直前に彼女と喧嘩が勃発。彼女は行かないといい、僕だけで行けと言う。ちょっと待ってよ。僕は一緒に行くことを楽しみにしてたのに。1人でライブなんて行っても楽しくないよ!
コンサートやライブが好きな彼女は、「1人でも観たかったら観に行くし。井戸田さんのことあれだけ大好きだとかいってて、喧嘩したごときで観るのやめるとか、井戸田さんのこと好きじゃないでしょ?私はこの状態で行っても楽しめないし、大人気がなくて申し訳ないんだけど、ちょっと怒りが収まりそうにない。無理。ごめん。」と引きこもってしまった。
井戸田さんのやっている野外フェスに、男がひとりぼっちで行くなんてそんなバカな!
自分で「喧嘩ごとき」っていうくらいの喧嘩であんな怒らなくたっていいじゃないか!
そんな散々なフェスとなってしまったので、翌年は、3日間の開催のうち、なんとか初日と2日目のチケットを手に入れた。3日目は確保できなかったけど、まぁ、仕方ない。彼女も喜んでいる。僕も喧嘩をしないようにして、待ち望んだ。
しかし、「7月にしては史上最大の台風」が日本を襲ったのだ。土曜日の初日、日曜日の2日目も中止になってしまった。彼女は「まぁ…何かあったら2度と開催できなくなっちゃうからさ…もし開催してもこんな交通機関の状況だと会場に来られない人もいるだろうから」と慰めてくれたが、もうトラウマになりそう。君が去年怒り散らして行かなかったからだよ。彼女から「とりあえず家に向かうよ。」という連絡が来たが、適当に返事をして寝ることにした。
夕方すぎ、ピンポンピンポーンと音がする。愛してやまない僕の家の番犬たち(犬については長くなるので別の機会に話すことにする)が吠えている。僕の母親の話し声が聞こえる。そういえば彼女来るって言ってたな。
「あれ、ふて寝してるんだ。準備できているのか。野外フェスは準備が大事だぞ!新幹線とかは!?」
「それ、明日のチケットが取れなかった僕に対する嫌味?」
彼女はやたら誇らしげだ。
彼女は最終日のチケットを持っていた。オーマイゴッド。何で手に入るんだ。
「いくらしたの!?」
「はい?定価だよ。オークションとか高いし使わないし。台風の進度を考えたら最終日はあるかもしれないと思ったから、探してた。水曜日に手に入った。ぐへへ。明日はあるんじゃないかな!新幹線とろうぜ!!」
初日であり最終日となった3日目は、台風のせいで、ぬかるみだらけだったけど、初日と2日目に出る予定のアーティストで都合のついた人まで出てきて、とびきり豪華なフェスになった。しかもシークレットゲストで彼女が大好きなアーティストが登場した。彼女もさすがにギャーギャー騒いでいる。彼女が好きなアーティストのファン層と、このフェスの観客の層は重なっていないのでファンらしき人はほとんど回りにいなかったし、彼女が大好きなアーティストがフェスに出るなんて聞いたことがない(彼女も昔だけだと言っていた。)しかし、彼女は、ちゃっかりツアータオルと持って来てブンブン振り回している。
「2ちゃんで彼が出るって噂がちょっと流れててね……」と泣いている。
僕のためじゃなかったのね。
***
僕は、次のファンタジーズのライブこそ自分でチケットを確保しようと心に決めた。
そして、ファンタジーズの15周年ライブツアーが発表になった!このツアーは、「カーサ」というオリジナルアルバムを引っさげたツアー(アリーナツアーといって屋根がある会場)と15周年を記念したベストアルバム的なツアー(スタジアムツアーといって屋外の会場)だった。
おめでとうファンタジーズ!僕はずっとついていくよ!
僕はついにファンクラブ先行予約で申し込んだチケットに当選した。日産スタジアム。彼女にも伝えた。「やっと取れたのね」と喜んでいた。へへん。男は彼女の笑っている顔が好きなのだよ。
しかし。
僕は、肝心のチケット代金を振り込み損ねた。期限の日まで支払わずにいた僕が悪い。ただ、一言言い訳が許されるなら、例えば15日までと言われたら15日中だと思っていた。彼女曰く、最終日は23時までとかであることが多いらしい。その日は仕事が忙しくて、家の近くに戻ってきたときは23時半を回る頃だった。コンビニで機械を何度も操作してもエラーが出る。支払えない。日付が回ってしまった。
コンビニから家に帰る途中、彼女に電話した。僕のことを罵ってばかりいる彼女も、さすがに罵ることを忘れてしまったようだった。
「あのさ…。あ、いや、うん、えーっと。これはあなたより私の方がコンサート行く気があるって言われてもおかしくないよね…。」
「うん…」
「いやぁーまぁ泣くなよ。つーか払い終わってると思ってた…。」
「泣いてないよ…」
「まぁ、これでちょっとは直るといいな。多分、日頃の喧嘩はこういうところだと思うから。しかし参ったな…とりあえず、一般発売にチャレンジしよう。地方も申し込もう。OK?」
一瞬、彼女が僕の日々の言動にまで毒を吐いたことに焦りつつも、仙台のチケットを一般発売で押さえた。
「行けることにはなったけど、Fブロックかぁ…私、見えないなぁ…電車に乗って行くのになぁ…はぁーあ。日産スタジアムのお金を払い込んでいれば…。あとは私に任せてもらっていい?」
お気に召すまま。交通費は僕が持ちます。
彼女は、ほどなくして「よし!見える席確保!」と僕に連絡をくれた。
持っていた仙台のチケットは、当時仙台に住んでいた共通の友人に連絡してちゃっかり譲りつけていた。
***
僕らは東京駅で待ち合わせた。改札まで歩きながら買っておいた新幹線のチケットを彼女に渡した。ところが、いざ、改札をくぐろうとすると、僕の新幹線のチケットが見当たらない。
「新幹線のチケットちょうだい。」
「え?? 私、自分の分しか持ってないよ?」
僕の手許には2枚分の購入金額の書かれた領収書しかなかった。雑踏の中で落としたらしい。彼女はカンカンに怒っていた。僕だって泣きたい。1万円がどっかに行ってしまったのだ。「周囲が脱力するようなこと」ってこういうことか。彼女は新幹線の中で、口を利いてくれなかった。彼女はまたどこから見つけてきたのか、前から20列目という素晴らしいチケットをどこからか手に入れていた。彼女が言うには、某SNSのコミュニティで定価で譲ってもらったという。なんかこんな話、前にもどこかでなかったっけ?そもそも、そういうのでチケットって見つかるものなのか?というか、やることが全力すぎる。彼女はため息をついた。
「なんでこんな頑張ったのに、あなた、なんで、そんななの?」
僕は何も言い返せなかったけど、僕にも僕なりのペースもあって、なかなか譲らなかったから、ますます喧嘩も増え、このコンサートからほどなくして彼女との恋愛は終わりを告げた。
***
それから半年ぐらいして、僕に海外赴任の辞令が出た。3ヶ月後からヨーロッパだという。とりあえず、別れた彼女に連絡した。彼女は「良かったじゃん!やったねぇ!」と喜んでいる。
「先輩とかより先に行っていいんだろうか。」
「話を聞いている限り、予想してたタイミングだったけど。その後のキャリア考えたら、この時期なんじゃない?」
「一緒に行こうぜ。ヨーロッパ好きじゃん。」
「バカ言え。ヨーロッパ『が』好きなだけだ。まぁ、楽しんでこいよ。お金があったら遊びに行ってやるからさ。」
実は、ファンタジーズはこの時期もライブをやっていたが、今回のツアーもチケットが取れずにいた。また次の機会に…と思ってたところに海外赴任が決まってしまった。彼女のせいでライブバカが移ってしまったのかもしれないが、もう観られないかもしれないと思ったらますます行きたくなってしまった。ファンタジーズのCDですら発売日当日に買えなくなるんだよ!こんなにファンタジーズ好きなのに、しかも海外赴任だっていうのに、さいたまスーパーアリーナ、横浜アリーナ、武道館…全部落選。なんで取れないのさ。どうして取れないのさ!
すると武道館公演の8日前に別れた彼女から連絡があった。なんかテンションが高い。
「どうした?」
「武道館のチケットが1枚手に入ったから、行ってこいよ。どうせ取れてないでしょ?しかも喜べ。端の方だけど前から3列目だ。繰り返す。日 本 武 道 館 の ア リ ー ナ の 前 か ら 3 列 目 だ。海外赴任の餞別だ。おごってやろう。偉いなぁ私。別れた彼氏のためにチケット探しちゃうとか。言っておくが、ここまで大変だったのは初めてだ。」
彼女が言うには、某SNSで譲ってもらう話がいくつも頓挫してさすがに今回は難しいと諦めかけていたところに、彼女が好きなアーティストのファン仲間から2年ぶりにメールがきたそうだ。そのメールには「ファンタジーズの武道館のチケットが1枚あるんだけど行かない?結構前の方だよ。」と書いてあったというのだ。彼女のファン仲間は、彼女がファンタジーズのチケットを探していることを全く知らなかったはずだ。こんな出来すぎた話ってあるものなのか。彼女がオークションは使わない主義(というか使うお金がない)のは知っているから、本当にそういう連絡が来たのだと思うが、なにその、奇跡のような話は。
「右隣の人が、私の知り合いだから、お礼を言っておいてね。」と彼女は言った。
***
近くで観る井戸田さんは、これまで観ている井戸田さんとは別のものだった。こんな近くで見ると、近いというか、近い。僕のこと見てくれたし。いや、うん。確かに見てくれたよ。僕のためだけに歌ってるわけじゃないけど、ステージをちょっと歩いてきてくれると、井戸田さんしか視界にいなかったりするから、僕のために歌ってくれているような気がしてしまう。彼女は好きなアーティストのツアーがあると「前の方、後ろの方、2階席、両サイド、まぁあとPA卓の前あたりは観たいよね。」などと僕には理解不能なことを言っていて、僕は僕でコンサート会場の中に入れるだけ充分と思ってたけど、それはそれ。これはこれ。こういう席で観てしまうとファンってもうやめられないのかもしれない。
僕はその後もう一度、ヨーロッパに一緒に行こうよと誘ってみたり、一時帰国したときにも彼女の存在の重要性を説いたけど、彼女は「気持ちはありがたいけど。うーん。そういうのじゃないんだよねぇ。違うんだよねぇ。」と言って首を縦には振ってくれなかったし、引っ越したという新しい家にも招待してくれなかった。彼女はライブばかり行ってて全然お金が貯まらないから、もう僕はヨーロッパに来て数年経つし、彼女も「ヨーロッパ遊びに行くからさ!」なんて言っていたけれど、案の定、彼女はヨーロッパに辿り着いていない。
そんなこんなのうちに、僕にも新しい素敵な人が見つかった。彼女とはたまに連絡を取ることはあるけれど、彼女はやっぱりライブの話しかしないし(相変わらず素晴らしいチケットに巡り会ったりしているらしい。)、「彼氏はできた?」というと「モテるときもある」などとよく分からないこと言っている。まぁ、あまりそういうことを人にペラペラと話すタイプでもないし、幸せにやっているのだろう。
***
願い、願い、願い続け、そのために見えないところで努力して、能力を高め、いざというときに爆発的な力を瞬発的に出せるかを試す。
当時、彼女は僕に「気持ちの問題」としか言わなかったし、僕は僕で「運がない」と思っていたけれど、これって「信念」と言うのかな。ファンタジーズのチケットを取り続けた彼女の姿を見ていると、純粋に、強すぎるほどの信念が「あの人は本気だな」と伝わって、時に大きな力を生み出すのかもしれない。何もコンサートやライブのチケットに限ったことではない。何かをやり遂げる、成し遂げるには、「信念」があるかどうかで決まるのかもしれない。あの時の彼女のように、あそこまで注ぎ込んだらとても身が持たないけれど、仕事もどんどん面白くなっていく年になり、未来のこともあれこれぼんやりと考えていた頃に、ファンタジーズの20周年記念ツアーが発表になって、思い出した昔の話。
「ヤザワ」の下の平等
キリスト教には「神の下で平等」という教えがありますが、昔のヨーロッパに国王や皇帝がいたのは何故ですか?本当に「神の下で平等」という教えがあるならば教皇も皇帝も国王も領主も必要ないと思います。人間の中で上下関係を作るのはキリスト教の教えに反してるのではないですか?(Yahoo!知恵袋より)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1256785917
高校の同級生がイスラエルの大学で勉強に励んだりサークル仲間が仏師になっていたりするのに比べ、なんて私は宗教に疎いのだろう、いよいよ教養のない薄っぺらな人間が出来上がってきたと感じる連休の昼下がりですが、皆様、いかがお過ごしですか?
***
私は音楽とライブが大好きで年間20本〜30本近いライブを観に行きます。クラシックからJ−POP&ROCK、海外アーティストが揃うフェスまでジャンルもかなり幅広いです。(その辺は追って書いていくことになると思います)
***
しばしばミュージシャンの存在というのは圧倒的、熱狂的な支持のもと、「宗教」のような性格を帯びることがある。マイケル・ジャクソンやhide(ex.X JAPAN)が亡くなったときを思い出して欲しいのだが、その人の音楽をちょっと齧ったくらいでは分からない何かをファンは感じている。
私が「彼」を観たのはWaterAid Fes (2009.9.26&27@横浜スタジアム)で、他の参加ミュージシャンはこんな感じだった。
http://www.barks.jp/news/?id=1000051578
(運営がグッデグデでイベント前から事務局に対するクレームがひどかったので、今はオフィシャルページがない。ひどい。)
私は氷室氏と再結成したaccess、そしてBinecksというDAITA氏(ex.SIAM SHADE)がやっていたバンドを観に27日だけ参加する予定だったが、中学時代の同級生Z(♀)がこんな電話をしてきた。
「最近、『成りあがり』を読んで感動した!ヤザワがすごい!(…以下、ヤザワ語録がしばらく続く…)26日も観に行こうよ!!」
何をどうしたら「30歳を目前にして『成りあがり』を読んで感動した」という事態になるのか、彼女の未来に一抹の不安がよぎったが、もともとライブ好きの私はファンに長く愛され続ける彼を観てみたいと思い、26日も横浜スタジアムに行くことにした。
***
Zと集合すると、彼女は「ヤフオクでゲットした」という大きな大きなツアーグッズのバスタオルを肩から羽織って戦闘態勢に入っていた。
通常のバスタオルよりも大きい。
http://blog.livedoor.jp/barroom7/archives/1118858.html
会場には氷室ファンよりもう少し上の世代の方々が思い思いの恰好をして(0830ナンバーのデコトラなどもあった)彼のステージよりだいぶ早くから集まっていた。Zは「すごい!みんな恰好がすごい!!」と騒いでいたが、そのうち「あの人たちと一緒に写真を撮りたい!」と言い出した。
(その特攻服の方、白いスーツの方、寿司屋の大将みたいな方、革ジャンキメたリーゼントの方は、ディズニーランドのエントランスにいる彼らとは違うんだけど…)
Zは次から次へと一緒に写真を撮りたいと声をかけた。少し戸惑う人もいたが、撮影には快く応じてくれて結局断られることのないまま何組かの方々と写真を撮った。しかし、驚いたのはこれだけではなかった。写真を撮り終えた後、写真撮影に応じてくれたファンの人全員が同じ台詞をZに言うのだ。
「おねぇちゃん、ィヤザワ好きなの?」
(ヤザワになりたい人は「やゆよ」の発音の前に小さな"ィ"をつければいいと、後に登場するヤザワファンの男性から教わった。)
Zが
「ハイ!『成りあがり』を読んですごく恰好いいなって思って!聴き始めたばっかりなんですけど!バスタオルも買ってきたんです!」
と答えると、写真撮影に応じて下さった方々全員が同じ動作して、同じ台詞を言った。
「(手を差し出して)ィヨロシク!」(がっちりと握手)
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私はファン同士で仲良くすることの難しさを身に沁みて感じており矢沢ファンの行動に動揺した。氷室氏のライブに足繁く通うようになってだいぶ時間が経ったが、私の世代には氷室ファンなどまずいなかったこともあってインターネットが普及して多くのファン仲間ができるようになったことを当初はとても喜んでいた。しかし、1ツアーで1ファンサイトが炎上するなんて当たり前、チャットに行けばサイト主でないチャット住人から「話したくないから出て行け」とからまれる、チャットで身の上話ばかりする…といった、当時はインターネットが普及していく頃ということもあって、オンラインとオフラインの関係を混同してしまう人たちが世の中に少なからずいたのも事実おり、その寛容さを持ってしてもずいぶん嫌な思いをしたし、ファン仲間も何かしらのイザコザやゴタゴタに巻き込まれたことのある人が多かった。「氷室氏が好きであること」しか共通点がない、しかもその「好き」の形も色々だというのに考えが合わないことに対する「いらだち」と「不満」をインターネット上で爆発させたり会場の近くに呼び出して悪口を浴びせたり…本当にそういう人たちがいたのだ。
特に氷室ファンの場合、氷室氏自身があまり表に出てこないこともあって氷室ファンの中では「彼のことをどれだけ知っているか。」がステータス化する傾向にあった。それが彼の音楽性や作品に対する話ならまだ良いのだが、悲しいことに「今日の滞在は◯◯ホテルです!」と誇らしげにSNSに書き込む人、家族のtwitterアカウントを見つけてアカウントを2ちゃんねるに晒す人、それをフォローしてメッセージを送る人…「彼のことをどれだけ知っているか」が「どれだけ自分が特別になれるか」と結びついてしまうことも多かった。
日頃、ファンはアーティストの公(public)の姿を見ているのであり、要は一緒に働いている上司先輩部下の家での姿を知らないのと同じことで、アーティストの私(private)の姿を見ているのではない。たまたま見たり知ったり聞いたりしたprivateは「単なる覗き見」でしかないのだが、そこの区別がつかない人たちが少なからずいる。
また、CDやDVDは売れて欲しいけど「ご新規さん」が目立つとチケットの良席確保や特別になれる可能性が下がる恐れがあるので、反発する人たちもいる。(私が嫌な思いをしたのも周りより明らかに若く、ご新規さんだと思われたのが原因のひとつだと思われる。)「サポートメンバー」といってライブステージで本人やバンドと一緒にプレイしてくれるミュージシャンに対して「何故か上から目線」の人たちもいる。…残念な話を挙げ始めたらキリがないのだが、もちろん、その一方でとても仲良くなってお世話になっている人たちもいる。ツアーのファイナルで飲み明かす仲間たちや一緒にライブの遠征をして回る友人、妹と結婚した友人までいる。しかし、私も素敵な仲間たちも上述のようなことがあり、10人に1人と仲良くなれるかどうかだというのが念頭にあるのでどうしても警戒せざるを得ないのである。
しかし、矢沢ファンは違った。みんな「ご新規さん」の同級生に対して握手を求めてきたのだ。
「ヤザワが好きかどうか」、その一点しかない!!しかもすべて!!しかもみんなヤザワと同じ口調!!
しかも、ライブが始まると男性も女性もキラッキラとした少年少女のような目をして、時に涙ぐんだりしている。その横で同級生が「Ha〜Ha!」のタオル投げに加わり、へたくそで自分の手許に落ちてこないことにも懲りずに何度も投げて続けても拾ってくれる周囲の優しいファンの皆様方。
タオル投げ
終了後もZの隣にいた「ねーちゃんノリいいね!」と男性2人と女性1人の3人組に声をかけられた。その3人は中学の同級生で、会場の近くで男性が経営するお店で同窓会をやっている最中を抜けて観にきたという。「そこ(同窓会)に戻るから、君たちもおいでよ。」という3人にZは2つ返事で応じ、同窓会に乱入。終了後は男性が「残りの2人を東京まで送っていくので、君たちも車に乗っていきなさい」という。ヤザワの曲をかけながら横浜から東京まで高速を走らせてくれた。Zと私は丁寧な運転と説明に感謝しながら、この日は帰宅した。
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翌日の氷室氏のステージの内容はさておき(この日のライブはコメントし難いものがあるので省略する)ファンも酷いものだった。野外フェスなので当然スタンディングだったのだが、私がいた辺りの最前列や前方を確保した人たちは、自分たちの立つ後ろにシートやら新聞紙やらを敷いて荷物を置いていた。「なんだこの非常識な人たちは」と思いつつもライブが始まれば分かるだろうと思っていた。当然、始まれば後ろから押されたわけだが「荷物に触らないで!そこ踏まないで!!チャリティなんだから!!」と訳の分からないことをヒステリックに叫んでいた。
ス タ ン デ ィ ン グ に そ う い う も の を 持 っ て く る ん じ ゃ な い!!!!(怒)
(恰好はともかく)紳士&淑女の矢沢ファンの見たばかりの私はあまりの酷さにガッカリしたし、Zもこの日が参加して初めての氷室氏のステージだった感動はありつつもそういうファンを見てちょっとバツが悪そうにしていた。いくら矢沢ファンと氷室ファンの平均年齢が違うと言ったっていい大人だ。酷いにも程がある。
このとき私は、J-ROCKの世界では70年代から80年代のターニングポイントとして挙げられる2人の男のファン層の違いを真剣に考えた。彼らはファンにとってはカリスマであり、恰好いい男で、憧れの男であることに変わりはない。そう、宗教に近い雰囲気があるのである。
もやもやと考えた私の出した結論は以下の3点であり、図で示すと以下の通りである。
1.いずれも宗教
2.ヤザワ教は「ヤザワが好き」という事実がすべて。神の下の平等がある。
神側も常にこうあるべきを示し続けなければならず大変。
→「俺はいいけど"ヤザワ"がね」発言が生まれる。
3.ヒムロ教は、神をより詳細に知ることが求められる。
→たまに神様が微笑むのを待つツンデレ向け。
ヤザワ教とヒムロ教の違い(図)
(これ、トラックパッドだけで書いて死にそうになったんですが、ペンタブ買えって話ですねすみません。)
http://kokuban.in/diary/view/1326015986
2012年(平成24年)の活動を開始します。
新年、あけましておめでとうございます。
そして、はじめまして。あんずといいます。平仮名であんずです。
世の中が人々に等しく区切りを与えようとする仕組みを不思議 (strange) だなと思う一方で、大変ありがたい (thankful?) ことだと思います。会社や学校では「年度」という区切りの方が重要な意味合いを持っていたり「年」の区切りでも区切りの位置が世界各国で異なっていたりする中で、私たちが元日に向かって色々総括したり色々やる気を出してみたりするのは、いいときも悪いときもある中で結果を出さなければ飢餓が待っていた農耕とともに歩んできた先人たちが、私たちに遺してくれた知恵なのかもしれません。
2012年のお正月はSNSが一段と普及した2011年に逆行するかの如く、じっくり引き籠ろうと心に決めていた私は父母に旅行を勧め、食材の買い出しを済ませ、日頃酷使しているネットワーク回線と耳に極力お休みを与えました。
好きなだけ寝て、本を読み、わが家を訪ねてきてくれた素敵な友人たちと酒を飲み交わし、「新春ワイド時代劇 忠臣蔵」のお年玉クイズを熱心に解きながらお雑煮やカルボナーラを作りました。今日が仕事初めだったのですが、正直、もう1〜2日お休みを取ってこの生活を続けたかったところです。いいお正月でした。(ということで、音信不通になっててすみません。生きています。)
すごく美味しそうな写真!誰が作ったのかしら!(まさかの無修正)
生クリームを使わず豆乳で仕上げました!(そして自画自賛)
さて、私は日記を書き続けるほどのマメさを持ち合わせていませんが、近頃文章で人の心や新しい発見にアプローチしたいなと思うようになりました。もともと日常をまき散らすかのようにtwitter(http://twitter.com/noriaria)呟いていますし、twitterの過去ログを読み返すだけでも新しい発見があるし、もし言いたいことが140字に収まらなければfacebookのノート機能を使えばいいと思っていたのですが、私がやりたいと思ったことと違う、どうもしっくりこないと感じていました。そんなとき尊敬する先輩が新春の挨拶とともにfacebookについてこんなコメントをしていたのを見たのです。
> そして、FB により飛躍的に人間関係が豊かになった1年でもありました。
> FB は一度お会いした人との関係強化に最も役立つツール。
> 更に、リアルに会う人の予習に役立つツール。
> 重要な情報はリアルの場でしか得ることができません。
> FB 経由でアポを頂き、お会いして情報交換をしたり、それがご縁で人をご紹介頂き
> 新たな展開に繋がるというダイナミズムを幾度となく経験しました。
あぁ、なるほど。
twitterが「人の瞬間を捉える写真のようなもの」で、facebookが「人となりを知らせるもの」だとするならば、私は「読み手がいることを想定して文章を書く場」を探していたことに気付きました。例えがおこがましいのですが、漫画家やアーティストは「人となり」を知ってもらうために作品を生み出しているわけではないはずで、私は私で当たり前のことですがtwitterでもfacebookでもmixiの日記でも(たとえ読み手がいたとしても)読み手を想定して書いていませんでした。
そう、私が作ろうと思ったのは「私の人となりを知る場」ではなく「読み手がゼロでも読み手を想定して人の心や新しい発見にアプローチする文章を書く場」です。
実は、以前から友人には「表に出せるようなものを何か書いた方がいいよ。」と勧められていたのですが私が書いた文章を見たこともない友人が何故そのようなことを言うのか、そして「何か」は何なのかが分からず「何を書くかから考えるって妙な気もするけれど…」と曖昧に答えつつぼんやり考えていました。また、文章で表現したいことがあるか(中身の話)とどこで表現するか(外身の話)にも少し時間を費やしました。
エッセイ、妙に真面目を振りかざす文章、作り話…と形式は色々だと思いますし、以前に書いていたものを直したものもあると思います。また、更新も気まぐれだと思います。でも、まずは書こうと思います。またあることがAnniversary Yearを迎えるため今年の12月までにあるものを完成させるべく書きます。こちらは自分でもどんな仕上がりになるか楽しみです。
はてなブログがベータから脱出し、もう少し色々できるようになる頃には、私も慣れていることを願って。
どうぞ、よろしくお願いします。